キンタロー。壮絶すぎる過去と母との絆
最近のキンタロー。さんと言えば顔モノマネのイメージですね。明るくパワフルな笑顔の裏側には壮絶な過去があったことをご存知ですか?生い立ちから芸人としての大逆転、母との絆、そしてフリー転身後の現在までを詳しくまとめました。
幼少期──父のうつ病と家庭の崩壊
基本プロフィール
- 本名:田中志保
- 生年月日:1981年10月24日
- 出身:愛知県岡崎市
- 身長:152.5cm
- 血液型:B型
- 所属:松竹芸能(2011〜2024年3月)、2024年4月からフリーで活動
- 家族:既婚、2児の母(長女2020年、次女2021年誕生)
- 特技:社交ダンス(競技ダンス全国4位)、モノマネ
キンタロー。は1981年10月24日、愛知県岡崎市に生まれました。
実家はテナント業を営んでいましたが、キンタロー。が小学生の頃に父が躁鬱病を発症し、それからは母が家計を支え、家庭環境は不安定になっていったといいます。
中学時代に深刻ないじめ → 母との絆
中学に入ると、今度は学校での地獄が始まったといいます。
- 突然の集団無視
- 持ち物を隠される・壊される
- 給食を一人で食べる日々
- 精神的に追い詰められ不登校に
「学校に行くのが怖かった」
「自分は必要ない人間だと思った」
とキンタロー。さんは語っています。
そんな彼女を支えたのは、母の言葉でした。
「あなたはあなたのままでいい」
「大丈夫、絶対に乗り越えられる」
この言葉はその後のキンタロー。さんを何度も救ってくれたといいます。
母は毎朝励まし、なんとか高校受験まで持ちこたえたそうです。
「中学時代が人生で一番つらかった」と語っています。
青春──ダンスとの出会いが人生を変えた
中学時代のいじめを乗り越え高校に入学したキンタロー。さんは
家庭の経済的な苦しさが続いていたため
アルバイトを掛け持ちして母を支えていました。
厳しい家計でしたが高校ではカナダにホームステイ
をして英語を学んだそうです。
そして大学時代(関西外国語大学短期大学部)に
キンタロー。さんは競技ダンスに出会います。
これが人生の転機でした。
- 大学の競技ダンス部で全国4位
- ダンスが心の支えになり、自己肯定感を取り戻す
「ダンスがなかったら心が折れていた」
そう語るほど、キンタロー。さんにとってダンスは救いだったのです。
母もレッスン代が高くてもやりたいならやりなさいと、
背中を押してくれてダンスの大会にも
必ず応援に来てくれていたといいます。
ダンス講師〜家族の介護
卒業後は大阪・名古屋で社交ダンス講師として活動していましたが
2007年に最愛の母が急逝。精神的支えを失い、
深い喪失感に襲われていました。
母が亡くなったショックから父の病状が悪化し
介護生活が始まりました。そして家業(テナント業)
も立ち行かなくなり、その整理も一人で背負う
ことになります。さらに、首のヘルニアを患い
大好きなダンスも続けられなくなってしまいました。
経済的にも精神的にも追い詰められ、
「この頃が人生で一番どん底だった」といいます。
そして、夢も仕事も失い、不動産屋の事務員として働くという
完全にゼロからの再スタートを切ります。
それでも“芸人”として復活した理由
この壮絶な経験を経て、
「人を笑わせたい」「自分も笑いたい」
という思いが強くなり、29歳で芸人を志します。
どん底の時期は母の言葉を思い出し
「あなたはあなたのままでいい」
「人を笑わせるのが好きなら、それをやりなさい」
この言葉が、29歳で芸人を目指す原動力になったといいます。
そして、
- 会社員を辞めて上京
- 松竹芸能の養成所へ
- 1年で前田敦子モノマネが大ブレイク
まさに“逆転人生”でした。
社交ダンスで世界へ──そして母になる
芸人として成功した後、TBS『金スマ』の社交ダンス企画で再びダンスの世界へ。
- 世界選手権7位(アジア人歴代最高位)
- 世界ランク9位
という結果を出します。出産後は一度競技を離れましたが、
2024年に6年ぶりの復帰戦でA級優勝。
母として、芸人として、ダンサーとして、再び輝きを取り戻したのです。
キンタロー。のほっこり家族エピソード
キンタロー。さんの夫は、テレビディレクターの一般男性です。
仕事で出会い、2015年に結婚しました。
◆ 夫は「キンタロー。の最大の理解者」
- 彼女の芸風も、変顔も、全力のダンスも、全部受け止める
- 仕事の相談にも乗り、精神的な支えになっている
- 家事・育児にも積極的で、家族の時間を大切にするタイプ
キンタロー。は夫について
「私の人生を救ってくれた人」
と語っている。
◆ 結婚生活は“笑い”が中心
- 家の中でもキンタロー。は変顔を連発
- 夫はそれを見て普通に笑う
- その空気が、彼女の心を軽くしている
「家の中に笑いがあることが、こんなに救われるとは思わなかった」と語っています。
2人の娘とのエピソード
キンタロー。さんには 2020年生まれの長女、2021年生まれの次女 がいます。
◆ 子どもたちは“ママの変顔”が大好き
- 泣いているときも、変顔をすると笑う
- ケンカをしているときは、キンタロー。が“変顔の鬼”になって乱入
- 子どもたちが協力して“ママ鬼”を倒すことで、ケンカが収まる
この独自の育児法は、雑誌のインタビューでも話題になりました。
◆ 子どもたちの前では“芸人”ではなく“ママ”
- 仕事の疲れがあっても、家に帰ると全力で遊ぶ
- ダンスの練習をしていると、子どもたちが真似して踊る
- 「ママ、かわいい!」と言われると本気で照れる
◆ 子どもへの願い
- 将来は「ダンスや表現を教えるスクールを作りたい」
- 子どもたちにも表現の楽しさを伝えたい
という夢も語っています。
「子どもたちが私を必要としてくれる。それだけで頑張れる」
と毎日慌ただしくも、賑やかで充実した日々を送っているそうです。
亡き母とのつながりを、子どもたちに受け継ぐ
◆ 母の言葉を“育児の軸”にしている
- 「あなたはあなたのままでいい」
- 「大丈夫、絶対に乗り越えられる」
この言葉を、今は自分が娘たちに伝えている。
◆ 母がしてくれたように、子どもを抱きしめる
- つらいときは抱きしめる
- できたことは全力で褒める
- 自分の存在を肯定してあげる
「母がしてくれたことを、今は私が娘に返している」と語っています。
夫と子どもが“フリー転身”を後押しした
2024年、キンタロー。は松竹芸能を退所しフリーになりました。
◆ 夫の言葉が決め手になった
- 「あなたなら大丈夫」
- 「やりたいようにやればいい」
この言葉が、彼女の背中を押した。
◆ 子どもたちの存在が“働き方”を変えた
- 事務所のスケジュールに縛られず、家族の時間を優先できる
- SNS中心の活動で、子どもとの時間を確保
- ダンスの練習や地方イベントにも柔軟に対応できる
キンタロー。さんは
「家族がいるから、私はまた挑戦できる」
と語っています。
まとめ
キンタロー。さんの家族エピソードには、
彼女が経験してきた苦労と復活が詰まっています。
- 夫は“理解者”であり“支え”
- 子どもたちは“生きる力”
- 母の言葉は“人生の軸”
キンタロー。さんが今たくさんの人を笑顔にできるのは、
壮絶な過去を乗り越えてきた粘り強さがあるからなのでしょう。


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