日本アカデミー賞俳優 山田裕貴さん男泣き 佐藤二朗との絆

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日本アカデミー賞 爆弾で見せた2人の絆

2026年3月 日本アカデミー賞授賞式が行われ、大人気ロングヒット上映でも世間を賑わせている映画『国宝』が最多10部門で最優秀賞を受賞しました。

そんな中、山田裕貴さんと佐藤二朗さんが座るチーム爆弾のテーブルが何やら騒がしいのです笑

アカデミー賞授賞式で垣間見えた2人の絆を一緒に見ていきましょう。

山田裕貴プロフィール

生年月日 1990年9月18日(35歳)
出身地 日本の旗 日本
愛知県名古屋市
身長 178[1] cm
血液型 O型

愛知県名古屋市で生まれ、プロ野球選手だった父(山田和利)の在籍の関係で名古屋と広島市で育ちました。東邦高校を卒業後、芝居を勉強するためにワタナベエンターテイメントカレッジ(WEC)に入学します。6期生として卒業後、2010年『D☆DATE新メンバーオーディション』が開催され、ファイナリストに残りますが、新メンバーには選ばれませんでした。しかし事前投票で1位だった事もあり、急遽設けられた『D-BOYS部門』でグランプリ受賞を経てワタナベエンターテインメントに所属します。その後はD2に加入しました。独特のオーラや演技力からも若手イケメン俳優集団の出身だったとはちょっぴり意外な経歴でした。

佐藤二朗プロフィール

生年月日 1969年5月7日(56歳)
出身地 日本の旗 日本愛知県春日井市
身長 181 cm[1]
血液型 A型

愛知県立東郷高等学校、信州大学経済学部を卒業しました。しっかりお勉強もされてきた方なんですね。

小学生の頃に学習発表会で劇に参加した時、『お芝居ってなんて楽しい世界なんだ』と感動したことが俳優を志すきっかけとなったそうです。大学卒業と同時に上京し、リクルートに就職しますが、入社式の雰囲気で自分には合わないと感じ当日退職しているそうです。佐藤二朗さんらしい行動力ですよね笑。

一度帰郷するものの、役者の夢が諦めきれず再上京します。塾講師のアルバイトで得た収入を貯めながら養成所に入所したり劇団での経験を積みますが、26歳頃に再び役者の道から外れ、広告代理店で営業部署のトップにまで登り詰めます。しかし、過度な労働時間などから体調を崩してしまいました。その頃再び役者業への気持ちが抑えられなくなると、かつての養成所、劇団の仲間に声をかけ演劇ユニット『ちからわざ』を1996年に旗揚げします。その後スカウトを受けて28歳の時には劇団『自転車キンクリート』に入団し、当時勤めていた会社は退職しています。

30代に入り出演舞台が堤幸彦監督の目に止まり『ブラックジャックⅡ』に医者役で起用されました。ワンシーンだけの出演でしたが、主演、本木雅弘さんの所属事務所社長が声を掛け31歳でフロム・ファーストプロダクションに所属することになりました。それ以降、映像作品への出演が続き注目を集めていました。紆余曲折しながら沢山の経験を積んで今に至るのですね。

映画 爆弾

2025年10月に公開された爆弾は、山田裕貴さんと佐藤二朗さんの2人が役に没入し、その共演があったからこそ出来上がった作品でした。

また、2人とも原作の素晴らしさを語っています。ただ心配だったのは、原作が面白すぎてこの内容を映画1本でやれるのかという事だったそう。しかし、監督やスタッフ、共演者たちの全力が集結し見事な作品に仕上がり、自信を持って観てもらえる作品になったと話しています。

役を通して、お互いに尊敬し合い、情熱を切らさずに作品作りをしていたんですね。それこそが、アカデミー賞授賞式で見せた2人の涙の理由でした。

取調室で対峙する撮影で佐藤さんの顔を見ると笑顔になってしまったと語る山田さん。緊迫感漂う取調室で笑い合うシーンが生まれたと話しています。2人の間だけの感情や空気感がこうやって作品に盛り込まれていくのですね。

『良い俳優と共演すると、もの凄く楽しいんです。』と語っていた佐藤二朗さん。褒められてその場ですぐ笑顔になる山田裕貴さん。佐藤二朗さんが最優秀助演男優賞をした際には、人目をはばからず真っ先に涙していた山田裕貴さん。授賞式では2人の素敵な関係性が見られてこちらがほっこり笑顔になる場面がたくさんありました。これからのお二人の作品にも注目していきたいと思います。

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